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朝に紅顔

2012年05月07日
今日のタイトルの朝に紅顔って浄土真宗のお葬式で
言われることのようだ。
そういえば薫ちゃんのお葬式も浄土真宗だったけど
そのときは気付いてなかったなぁ。

正式には「朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり」で、
それほど人の命はわからない無常なものだということらしい。

それを身にしみて感じたのは5月5日の朝だった。
人の命ってなんてあっけないんだろう。
まさかそんなことが、って言うぐらいあっけなく
おばあちゃんが亡くなってしまった。

超プライベートでごめんなさい。
5月5日の朝。
子供の部活もないし、久しぶりにお弁当も無い、仕事も無い
ゆっくりした朝になるはずだった。
寝坊を楽しむ予定の朝になるはずだった。

6時過ぎにおばあちゃんの意識が無いと言う電話をもらって
急いで駆けつけたけど間に合わなかった。
というか、もっと早くに夜中の間にひとりでひっそりと
寝ている間に息を引き取っていたらしい。

あと2週間で100歳の誕生日を迎えるはずだった。
その日は市長さんが来てお祝い品の贈呈式があるから、みんなで
集まってお祝いするはずだった。
月曜日だけど仕事休んで駆けつける予定にしてて、友達にも
「おばあちゃん100歳やねん♪」とか自慢げに話してたのに。

心臓に持病があったとか、癌だったとかそんな病気らしい病気もなく
多少の認知(とはいえ、99だから年齢的な物忘れはあるだろう)程度で
突然死ぬなんて予兆は全くと言うほどなかっただけに、みんなが思ったのは
「何故?どうして?こんな突然に?」だった。

年齢が年齢だけに、みんなが病室に集まって手や足をさすってあげながら
おばあちゃんと呼びかける中、静かに息を引き取っていくと言う状況を
それこそ家族みんなが想像していた。

なのに誰に看取られることも無く、たったひとりで逝かせてしまったことが
つらく、心残りで仕方が無い。

前日嘔吐して病院に点滴に行ってたので、ノロウィルスの検査をして
その結果が出るまで面会不可だったから母はおばあちゃんに会えてない。
最後におばあちゃんに会ったのは30日。その日はうちの娘も会いに行ってた。
めちゃくちゃ元気でガラス越しに遊んで帰ってきただけに、娘も信じられないと
号泣してたなぁ。

私はおばあちゃん子だったのでたまに泊まりに来てくれた日は
学校から帰るのが楽しみだった。
同居するようになった時はうれしかった。
市松人形の着物を作って人形店に卸してたおばあちゃん。
厳しい母と違っていつも私をかばって優しかったおばあちゃん。
娘1が生まれて私が職場復帰した時は毎朝、私の家に娘を迎えに来て
実家につれて帰るのがおばあちゃんの仕事だった。
ホントにギリギリまで家の事やってくれてて働き者だった。
私のことを一番かわいがってくれたのに、最後のほうはなかなか
施設に面会にはいけなかったなぁ。
娘の受験の事もあったけど、おばあちゃんが大好きだっただけに
施設に入ってからはすっかり小さくなって私の顔も覚えてなくて
自分の知ってるおばあちゃんじゃなくなっていくのを見るのがホントにつらくて。

初めて施設に面会に行ったときは、家族とはなれて施設にいるおばあちゃんが
可哀想で、写真撮る時に一度外出で家につれて帰ったんだけど、また送っていった時は
ホントに泣いてしまった。何故だかはわからないけど。

亡くなった時のおばあちゃんは施設に入ってたときの顔だったから
私にとってはあまりなじみの無い顔だったけど、綺麗に死に化粧を
してもらった顔は私の大好きだったときのおばあちゃんの顔だった。

もっと会いに行けばよかった。でもおばあちゃんの老いを認めたくも無かった。
仕方のない事ではあったけど。
冷たくなったおばあちゃんは生きてるときよりもとてもしっとりしてて
美人だったなぁ。ホントに一番好きだった頃の顔だった。

誰にも迷惑をかけずにコロッと死にたいと生前言い続けていたので
静かに逝って、朝に気がついてもらえたのは望みがかなったと思う。
それも直前までちゃんと自分で口から食事を摂っていたんだもんね。
残されたものとしてはいろいろ悔いも残る最後ではあったけれど、
本人にとっては良かったのだろうから、それで良しとしなければ。

でも人の一生って最後はこんなにあっけないものなんだということを
今回身をもって感じた気がする。

今日お坊様が読経の最後に「朝には紅顔なれど…」の話をしてくださった。
1日1日大切に生きて、悔いの無いように過ごさないと、と。
生きている事をありがたいと思い、一生懸命がんばって行きなさいと。
ホント、明日の事は誰にもわからない。
毎日を大切に一生懸命過ごさないとね。

この3日間、ずっと泣いた。たくさん泣いた。これからも多分たくさん泣くと思う。
特に職場が同じような人たち(お年寄り)がたくさんいるから泣いちゃうかも。

しばらくは実家通いも続くなぁ。
母とおばあちゃんは母一人子ひとりだったから。
もう崩れんばかりに泣いてたから、ちょっと心配。
ガクッと来ないようにちょっと困らせるぐらいがいいのかな?
文句言われても文句言ってるぐらいのほうが良いかもね。

とにかく明日からまた始まる。
おばあちゃん、ずっと見守っててよ。
そのうちみんな行くからね。


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